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横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)28号 判決 1996年3月25日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

飯田伸一

杉本朗

被告

神奈川県知事

岡崎洋

右訴訟代理人弁護士

岡昭吉

右指定代理人

小川郁生

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

被告が原告に対し、平成三年一二月三日付けでした、自己情報の開示決定のうち、「措置入院に関する診断書(二通)」及び「精神保健法第二三条に基づく申請書」を不開示とする旨の決定を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、昭和六二年に精神保健法(昭和六三年七月一日施行)に改正される前の精神衛生法(以下「法」という。)に基づき措置入院の決定を受けた原告が、退院後、被告に対し、神奈川県個人情報保護条例(平成二年三月三〇日神奈川県条例第六号、以下「本件条例」という。)に基づき、右措置入院に関する個人情報の公開を請求したところ、被告が請求の一部を認めたものの、措置入院に関する診断書二通及び法二三条の申請書の開示を求めた部分については、それぞれ、本件条例一五条四項一号、三号及び六号が規定する開示の例外事由に該当するとして不開示の決定(以下「本件処分」という。)をしたので、その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  措置入院制度の概要

精神障害者及びその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について精神衛生鑑定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができ(法二三条一項)、右申請をするには、一定の事項を記載した申請書を都道府県知事に提出することを要し(同条二項)、都道府県知事は、右申請のあった者について調査の上必要があると認めるときは、精神衛生鑑定医をして診察をさせなければならない(法二七条一項)。

都道府県知事から命令を受けた精神衛生鑑定医は、入院措置に関する診断書、実務上「精神衛生鑑定書」といわれる全国一律の書式を有する書面(以下「鑑定書」という。)を作成する(「精神障害者措置入院及び同意入院取扱要領について」昭和三六年八月一六日衛発第六五九号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)。

都道府県知事は、右診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国若しくは都道府県の設置した精神病院又は指定病院に入院させることができる(措置入院といわれる。法二九条一項)。

2  本件処分に至る経緯について

(一) 原告は、神奈川県内に住所を有する者であるが、被告は、昭和六三年三月三日、原告に対し、措置入院の決定(以下「本件措置入院」という。)をし、同年五月一八日これを解除した。

(二) 原告は、平成三年一一月一九日、被告に対し、本件条例一五条一項に基づき、原告の措置入院に関して作成された「入院措置書」、「措置入院通知書」、「措置入院するに至った診断書」及び「精神保健法第二三条に基づく申請書」の開示を請求した(以下「本件開示請求」という)。

被告は、同年一二月三日、原告に対し、「入院措置書の案文」及び「入院措置通知書の案文」を開示し、「措置入院に関する診断書(二通)」及び「精神保健法第二三条に基づく申請書」を不開示とする旨の決定(本件処分)をし、その旨を原告に通知した。

原告は、同月六日、被告に対し、本件処分に対する異議申立てをしたが、被告は、平成四年八月五日、これを棄却する旨決定し、その旨を原告に通知した。

(三) なお、被告がした本件措置入院の決定は、法二九条に基づくものであるから、右「措置入院に関する診断書(二通)」とは、前述の鑑定書のことである(以下、原告が開示を求めた右鑑定書二通を「本件鑑定書」という。)。

また、右「精神保健法第二三条に基づく申請書」とは、法二三条二項の申請書のことであり、「精神障害者等診察及び保護申請書」としてその様式が定められている(以下、原告が開示を求めた右申請書を「本件申請書」という。)。

3  本件条例について

(一) 本件条例一五条三項は、実施機関が個人情報の開示請求を受けたときは、所定の方法によりこれを開示しなければならないという原則を定めている。

(二) しかし、同条四項一号、三号及び六号は、個人情報の開示が、次の各号のいずれかに該当するときは、当該個人情報の全部又は一部の開示をしないことができる旨定めている。

(1) 開示の請求の対象となった個人情報に開示の請求をした者(以下「請求者」という。)以外の個人に関する個人情報が含まれている場合であって、請求者に開示をすることにより、当該個人の正当な利益を侵すことになると認められるとき(一号)。

(2) 開示の請求の対象となった個人情報が個人の指導、診断、評価、選考等に関する情報であって、請求者に開示をすることにより、当該指導、診断、評価、選考等に著しい支障が生じるおそれがあるとき(三号)。

(3) 開示の請求の対象となった個人情報が県の機関又は国若しくは他の地方公共団体の機関が行う取締り、調査、交渉、争訟その他の事務又は事業に関するものであって、請求者に開示をすることにより、当該事務又は事業の目的を失わせ、又は円滑な実施を著しく困難にするおそれがあるとき(六号)。

二  争点

本件の争点は、本件鑑定書及び申請書の開示が、それぞれ本件条例一五条四項一号、三号及び六号の各例外事由に該当するか否かにあるが、この点に関する原・被告の主張は以下のとおりである。

1  原告の主張

(一) 本件条例の解釈・適用について

(1) 憲法二一条一項は表現の自由を保障するが、今日のように、情報が国家や巨大企業に独占管理されている情報社会においては、表現の自由の保障は、単に表現を伝達する自由だけでなく、情報を収集・受領する権利(知る権利)の保障も内包すると解すべきである。

また、国際人権規約一九条二項は、「すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。」と規定し、知る権利が、表現の自由に含まれる基本的人権であることを明示している。

神奈川県は、このような知る権利を具体化するため、「神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例」(いわゆる公文書公開条例)を制定した。

ところで、個人の尊厳の確保のためには、個人情報の保護が極めて重要である。そこで、個人情報がみだりに他人に知られることがないように保護されるというプライバシーの権利は、公文書公開条例の下においては、知る権利との調和を図りつつ最大限に保護されるべきであるが、プライバシーの権利には、右のような消極的側面だけでなく、個人が、国や地方公共団体が保有する個人情報の開示やその誤りの訂正を求めることができるという積極的側面もあると解される。そして、このようなプライバシーの権利の積極的側面を保護するためには、公文書公開制度とは別に、新たにプライバシー保護の制度を設けることが必要である。このことは、昭和五六年九月、神奈川県情報公開準備委員会が作成した「情報公開制度に関する調査研究報告書」、昭和五七年七月、神奈川県情報公開推進懇話会が作成した「神奈川県の情報公開制度に関する提言」、昭和六三年九月、神奈川県個人情報保護準備委員会が作成した「神奈川県個人情報保護制度の骨子案」においても指摘されている。

本件条例は、以上を前提に、自己情報の開示請求権の重要性に鑑み、具体化されたものであり、個人情報の開示を原則とするものであるから、本件条例一五条四項各号の開示例外事由に該当するか否かを判断するに当たっては、右の点を十分考慮し、公文書公開条例における適用除外事項の解釈適用と同様、非開示となる情報が必要最小限となるように厳格な解釈をすべきである。

(2) 国際人権規約九条二項は、公の機関から身体を拘束された者は、拘束時にその理由を告知されなければならない旨規定している。

さらに、同一七条は、当該個人が、行政機関が保有する個人情報に誤りがあればこれを訂正し得る権利を保障し、この権利は同二条、二六条により、精神障害者にも「差別」されることなく等しく適用される。もっとも、「客観的かつ合理的基準に基づく別異の取扱い」をすることは、右「差別」には該当しないが、どのような取扱いが差別に当たるかは、平成三年一二月一二日、国連総会が採択した「精神病者の保護および精神保健ケアの改善のための原則」を参照して判断されるべきであり、精神病患者又は精神病患者であった者が、単に、行政の妨げになるとか医師の迷惑となるといった理由で、個人情報の開示を求める権利を制限されることは、右「差別」に該当する。

また、国際人権規約は、憲法九八条二項に基づき法律に優位するもので、単に、国に対して立法の指針を与えるだけでなく、国内的効力を有するものであるから、本件条例について被告が主張する解釈はこれに反するもので、到底許容されない。

本件条例一五条四項各号の解釈に当たっては、このような点も考慮すべきである。

(3) なお、本件条例一五条四項本文は、「当該個人情報の全部又は一部の開示をしないことができる」旨規定する。これは、アメリカ合衆国連邦情報自由法が規定する部分公開義務規定(情報の一部に非開示事由が存在しても当該情報を合理的に分離できるときは、非開示部分を必要最小限とし、その他の部分を公開しなければならない義務があるという規定)と同様の趣旨と解される。

したがって、本件条例一五条四項各号の解釈・適用に当たっては、部分開示の可能性を考慮すべきである。

(4) なお、右のとおり、個人情報は原則的に開示されるべきであるから、例外である本件条例一五条四項各号該当事実の立証責任は被告にある。

(二) 本件鑑定書及び申請書の不開示について

(1) 一号該当性

被告は、本件鑑定書及び申請書を開示すると、鑑定医や申請者が誰かが原告に分かり、そうなると、原告からの苦情等により、鑑定医や申請者の業務遂行や私生活の平安が害され、「当該個人の正当な利益を侵すことになる」などと主張する。

しかし、これらの主張は、いずれも抽象的、一般的及び主観的のものに過ぎない。

すなわち、原告は、中村技芸専門学院卒業後、自立して生活する意欲を持ち、措置入院がされるまで隣人から度重なる嫌がらせを受けながらもまじめに稼働していた。また、右退院後も編物教室などをして、本件処分当時も、通常の社会人として生活していた。さらに、医療法人東迅会柏木診療所の精神科医師岩田柳一(以下「岩田医師」という。)は、平成六年一月三一日、同年二月九日及び同月一六日、原告と面接した上、その結果、同年三月五日、「本件鑑定書の開示によって関係者に対し、法的に逸脱した行為に及ぶ可能性は薄い。」旨を記載した意見書を作成している。

原告は、本件措置入院に適正手続の履践がなかったことを明確にする目的で、本件鑑定書及び申請書の開示を求めるものである。

したがって、本件鑑定書及び申請書の開示が、「当該個人の正当な利益を侵すことになる」という主張は誤りである。

仮に、本件鑑定書及び申請書の開示が、「当該個人の正当な利益を侵すことになる」としても、本件鑑定書記載部分のうち、鑑定医の氏名・その所属施設名・所在地・電話番号及び被鑑定者に関する陳述者の氏名等、開示により鑑定医及び被鑑定者に関する陳述者が識別され得る部分並びに本件申請書記載部分のうち、申請者の氏名・住所等、開示により申請者が識別され得る部分のみを非開示にすれば足りる。

また、被告は、本件鑑定書記載部分のうち、患者の「生活歴及び発病前状況等」、「現病歴」欄等及び本件申請書記載部分のうち、「病状の概要」欄等について、その内容から情報提供者が誰であるかが容易に識別できるから、これらの情報もまた、「請求者以外の個人に関する個人情報」に該当するなどと主張する。

しかし、これらの情報は、原告個人の情報であり、「請求者以外の個人に関する個人情報」には当たらない。

したがって、少なくとも、鑑定医及び申請者等が識別され得る部分を除いたその余の部分を不開示とした本件処分は、前記部分公開義務を定める規定にも反し、違法である。

(2) 三号該当性

被告は、原告が右開示請求に至った経緯等から、本件鑑定書及び申請書を原告に開示すると、原告が今後、精神科医師一般を信用しなくなることが容易に予想され、また、開示により、原告が精神的ショックを受け、病気が再度悪化するおそれがあるから、本件鑑定書及び申請書の開示は「当該診断に著しい支障が生じるおそれがある」などと主張する。

しかし、原告は、平成元年二月から現在まで、精神科に通院したり、その治療を受けたことはなく、何ら支障のない日常生活を過ごしている。しかも、原告は、精神病という診断がされたこと自体は認識しているのであって、本件鑑定書及び申請書の開示により、精神的ショックを受け、病気が再度悪化するおそれがあるとはいえない。また、岩田医師作成の意見書にも、「本件鑑定書の開示によって、原告が著しい心理的ショックを受け、病状が悪化するとは考えにくい。」、「原告は、精神科医師や精神医療に対し、既に不信感を持っており、この不信感が今後も持続することは予想されるが、本件鑑定書の開示により、新たに診断や治療に著しい支障が生じるとは考えにくい。」旨記載されている。

したがって、被告の主張する「当該診断に著しい支障が生じるおそれ」は、いずれも、一般的、抽象的なものに過ぎない。

(3) 六号該当性

被告は、鑑定書の開示がされると、今後、鑑定医が被鑑定者との紛争が生じることを恐れ、適正な鑑定書が作成されなくなるおそれがあること、第三者も被鑑定者との間で紛争が生じることを恐れ、第三者等から調査協力が得られなくなるおそれがあること、被鑑定者の医師一般に対する不信感を助長するおそれがあること、また、申請書の開示がされると、精神障害者又はその疑いのある者との紛争が生じることを恐れる第三者等からの申請が心理的に抑制されることなどから、ひいては、精神保健行政という「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」があるなどと主張している。

しかし、本号において、不開示の理由となり得るのは、他人の健康や安全に重大な危険を及ぼす場合に限定されるのであり、精神保健行政事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれがあるというだけでは不開示事由とはならない。また、被告の主張する「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」は、いずれも一般的、抽象的なものに過ぎない。

また、被告は、鑑定書の開示がされると、今後、鑑定医が被鑑定者との紛争が生じることを恐れ、適正な鑑定書が作成されなくなるおそれがあると主張するが、むしろ、開示がされないと、無責任な鑑定がチェックできないし、鑑定者が公になる裁判制度における鑑定との齟齬も生じる。

(4) 被告は、訴外人との別件横浜地方裁判所平成三年(行ウ)第七号措置入院継続処分取消請求事件(以下「別件訴訟」という。)において、措置入院に関する診断書(本件鑑定書に相当する。)、通報受書(本件申請書に相当する。)その他、措置入院の実施に至るまでの書類を、個人を特定し得る部分を削除した上、公開の法廷に証拠として提出している。

しかし、これにより、当該個人の正当な利益が侵されたり(一号)、当該診断に著しい支障が生じたり(三号)、精神保健行政事務の円滑な実施が著しく困難になった(六号)事実は認められない。このことからみても、被告の主張には理由がない。

2  被告の主張

(一) 本件鑑定書及び申請書を不開示とすべき背景事実

精神障害者が、医師や病院職員等に危害を加えた例は少なくなく、神奈川県内でも、通院している精神障害者が、ケースワーカーに包丁で切りつけたり、医師に嫌がらせの電話をかけたり、病院で暴れたなど、過去に多くの事件が起きている。

(二) 本件条例の解釈・適用

本件条例一五条四項各号は、その趣旨に従い、法文に沿って解釈すれば十分である。

原告主張の国際人権規約は、国内的効力を有するものではなく、これを本件条例の解釈指針とすべきという原告の主張は無意味である。

また、公文書公開条例と本件条例は、趣旨・目的が異なるから、本件条例一五条四項各号の該当性について、公文書公開条例の適用除外事項の規定と同様、厳格に解釈すべきとの主張も失当である。

なお、本件条例一五条四項各号該当事実の立証責任を被告に負わせることは、被告に対し、事実上、不開示部分の記載内容を明らかにすることを強いることとなり、右各号の趣旨に反する。したがって、原告が、右各号所定の不開示事由が存在しないことを立証すべきである。

(三) 一号該当性

(1) 本件鑑定書について

① 鑑定書には、患者の身上関係のほか、鑑定医の氏名・所属施設名・その所在地・電話番号、被鑑定者に関する陳述者の氏名・年令・続柄・住所及び鑑定に立ち会った精神衛生吏員の氏名が記載される。これらの情報は、「請求者以外の個人に関する個人情報」に当たる。

また、鑑定書には、「生活歴及び発病前状況等」、「現病歴」、「鑑定上特に必要な場合の詳細記入欄」等が記載されるが、これらの記載内容をみれば、情報提供者が誰であるか容易に識別できる。したがって、これらもまた、「請求者以外の個人に関する個人情報」といえる。

② 原告は、昭和六三年三月三日、法二七条に基づく鑑定医二名の鑑定を受け、その結果、精神障害者であり、入院しなければ自傷他害のおそれがあると判定され、措置入院を命じられ、同日、医療法人社団正慶会栗田病院(以下「栗田病院」という。)に入院した。その後、同年五月一八日に措置入院を解除された後も、法三三条の保護義務者による同意入院により入院治療を続け、同年一〇月二一日、栗田病院を退院したが、なお通院医療を要するとされていた。それにもかかわらず、原告は、約四か月通院した後、自己の判断で勝手に通院をやめてしまった。

また、原告は、本件開示請求前、神奈川県衛生部保健予防課を二度訪れ、応対した職員に対し、「こんな不当な入院をさせる医師を知りたい。会って話を聞きたい。」などと繰り返し述べたり、本件処分に対する異議申立ての審理に当たり、神奈川県個人情報保護審査会に提出した平成四年一月二四日付け意見書にも、「その医師とやらに面会させて頂きたい。」、「(役所を)名誉棄損で告訴する。」などと記載している。

これらからすれば、原告に、鑑定医、陳述者及び精神衛生吏員が誰かという情報を開示すると、原告からの苦情等により、鑑定医の業務遂行や陳述者らの私生活の平安が害され、「当該個人の正当な利益を侵すことになる」と解される。

(2) 本件申請書について

申請書の記載事項は、申請の対象となった精神障害者及びその疑いのある者及び現に保護の任に当たっている者の身上関係のほか、「申請者の住所、氏名、生年月日、精神障害者等との続柄」、「病状の概要」、「その他参考となる事項」である。

右のうち、「申請者の住所、氏名、生年月日、精神障害者等との続柄」は、「請求者以外の個人に関する個人情報」に当たる。

なお、仮にこれを除いたその余の部分のみを開示しても、その筆跡により申請者が判別される可能性もあるし、そもそも、申請書の「病状の概要」、「その他参考となる事項」欄の記載内容から申請者が識別できるから、これらもまた、「請求者以外の個人に関する個人情報」に該当するといえる。

そして、右のとおり、原告に対し、申請者が誰かという情報を開示すると、原告からの苦情等により当該申請者の私生活の平安が害され、その申請者の「正当な利益を侵す」ことになる。

(四) 三号該当性

(1) 本件鑑定書について

① 同号の「診断」は、診察、検査、治療、投薬等一連の医療行為を含むと解されるが、鑑定書には、「診断名」、「生活歴及び発病前状況等」、「現病歴」、「問題行動」、「現在の状態像」等が記載されるところ、これらは、同号の「診断に関する情報」に当たる。

② 一般に、精神医療において、患者に対し病名等を認識させることには問題が多く、このことは医師に対するアンケート調査などからも明らかである。また、前記のような、原告が本件開示請求に至った経緯や前記意見書の内容、さらに、原告が、措置入院前、近隣住民や親族との間で様々な問題を起こしていたこと、本件訴訟における原告本人尋問の結果等から推察すれば、本件処分等において、本件鑑定書を原告に開示したとすれば、原告が今後、精神科医師一般を信用しなくなることが容易に予想され、また、開示による精神的ショックから病気が再度悪化するおそれがあったものと解される。

したがって、本件鑑定書を開示すると、「当該診断に著しい支障が生じるおそれがある」といえる。

(2) 本件申請書について

申請書の「病状の概要」の記載は、鑑定医の診断の資料となるものであるから、「個人の診断に関する情報」に該当するところ、(三)(1)②のような、原告の本件開示請求に至った経緯や前記意見書の内容等からすれば、これを原告に開示すると、原告が今後、精神科医師一般を信用しなくなることが容易に予想され、また、開示により、原告が精神的ショックを受け、病気が再度悪化するおそれがあるから、本件申請書の開示は「当該診断に著しい支障が生じるおそれがある」といえる。

(五) 六号該当性

(1) 本件鑑定書について

鑑定医は、診断内容を被鑑定者やその家族に知らせる義務がないからこそ、自己が正しいと信じた事実や判断を鑑定書に記載できるのである。その開示がされれば、被鑑定者との紛争が生じることを恐れ、適正な鑑定書が作成されなくなるおそれもあり、ひいては、精神保健行政という「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」がある。

また、被鑑定者は、鑑定書の記載内容から申請者等情報提供者が誰であるかを識別し得るから、右開示がされれば、被鑑定者との間で紛争が生じることを恐れる情報提供者の申請が心理的に抑制されたり、右の者から調査協力が得られなくなるおそれもあり、ひいては、精神保健行政という「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」がある。

加えて、前記のとおり、右開示は、被鑑定者の医師一般に対する不信感を助長し、ひいては、精神保健行政という「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」がある。

したがって、本件鑑定書の開示は、精神保健行政という「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」がある。

(2) 本件申請書について

右のとおり、申請書の記載内容から、申請者が誰であるかは識別し得るところ、右開示がされれば、精神障害者又はその疑いのある者との紛争が生じることを恐れる第三者等からの申請が心理的に抑制され、ひいては、精神保健行政という「当該事務の円滑な実施を著しく困難にするおそれ」がある。

(六) 以上によれば、本件鑑定書及び申請書の記載のうち、原告及び保護者の身上関係を除く部分は、すべて不開示とすることが相当である。そして、原告及び保護義務者の身上関係の記載の開示は無意味であるから、原告が主張するような一部開示も相当でない。

なお、被告が、別件訴訟において、措置入院に関する診断書等を証拠として提出した事実は認めるが、その争点は、訴外人に自傷他害のおそれがあるか否かにあり、本件訴訟とは、その意義、争点及び目的が異なるので、同様には解せない。また、そもそも別件訴訟で同種の書面を提出した事実があるからといって、本件鑑定書及び申請書を開示しなければならないという理由もない。

第三  当裁判所の判断

一  本訴に至る経緯、本件鑑定書及び申請書の意義等

甲八号証の一、二、一八ないし三四号証、乙二ないし四号証、六ないし八号証、一二ないし一五号証、二六号証、二九号証、証人岩崎七四六の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告について

原告は、昭和二三年一月一九日に出生し、昭和四五年三月、中村技芸専門学院を卒業後、昭和四九年ころ、横浜市鶴見区<住所略>において手芸店を兼ねた編物教室を開業し、昭和五七年には、右店舗を同区<住所略>に移転した。この間、各種の編物講師の認定を受け、また、各種技能検定試験等に合格している。

なお、このころ、原告と、隣人の商店街の人々や父母らとの間では、しばしばトラブルが発生し、原告は、隣人らから、編物教室の営業に関し、度重なる嫌がらせを受けているとの被害感情をつのらせていた。

2  本訴に至る経緯

(一) 本件申請書は、昭和六三年二月二〇日付けで、横浜市鶴見保健所長を経て、被告に提出された。

被告は、調査の上、原告について、精神衛生鑑定医の診察をさせる必要があると判断し、二名の精神衛生鑑定医を指定した。

精神衛生鑑定医二名は、同年三月三日、前記店舗と栗田病院において、原告を診察した。その結果、原告が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければ自傷他害のおそれがあると、診断の結果が一致した。そこで、被告は、同日、原告を指定病院である栗田病院に措置入院させた。

なお、精神衛生鑑定医は、右診断の際、本件鑑定書を作成した。

その後、栗田病院の管理者は、原告が、入院を継続しなくてもその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがないと認められるに至ったとして、同年五月一八日、法二九条の五に基づき、被告に対し、その旨の届出をし、同日、原告の措置入院が解除された。しかし、なお、入院の必要があるとして、即日、同法三三条に基づき、原告の保護義務者の同意により、同意入院に切り替えられた。

原告は、同年一〇月二一日、栗田病院を退院した。

(なお、同年七月一日、精神保健法が施行されたため、原告の入院は、同日から同年一〇月二一日までの間は、同法三三条の医療保護入院として扱われた。)

(二) 原告は、退院後も、約四か月間、同病院に通院したが、平成元年二月ころ、原告自身の判断で通院をやめた。なお、担当の岩脇医師からは、通院が不要である旨の指導はなかった。

原告は、退院後、家族と同居するようになったが、両親や兄弟との間で、しばしばトラブルが生じ、平成六年八月ころから、再度一人で暮すようになった。

(三) 原告は、平成三年八月二三日午後一時ころ、神奈川県衛生部保健予防課を訪れ、応対した同課の岩崎七四六職員(以下「岩崎職員」という。)に対し、「(自分は)診察も受けずに措置入院させられた。医者に会いたい。近所の人からも嫌がらせを受けている。」などと午後五時ころまで、繰り返し訴えた。これに対し岩崎職員は、精神衛生法の手続等を繰り返し説明した。

また、原告は、同年九月二四日午後一時ころ、同課を再び訪れ、岩崎職員に対し、前回と同様の趣旨を午後五時ころまで、繰り返し訴えた。

(四) 原告は、同年一一月一九日、被告に対し、本件条例に基づき、本件鑑定書及び申請書等の開示を請求した(本件開示請求)が、被告が、同年一二月三日、一部の文書を不開示とする本件処分をしたため、同月六日付けで、被告に対し、異議申立書(乙四号証)を提出した。

右異議申立書の理由には、「措置入院させられるに至るための医者からの診察がなかったにもかかわらず、診断書が出ていることへの異議申立てをいたします。」などと記載されていた。

また、原告は、平成四年一月二四日付けで、本件条例二四条により、異議について審議する神奈川県個人情報保護審査会の会長塩野宏に対し、意見書(乙六号証)を提出した。

右意見書には、「私は精神鑑定というものを一度も受けた事がないにもかかわらず、診断書が出来上がっていることに対し、非常に憤りを覚えております。」、「鑑定書には、デタラメな事が書かれているようですが、どういう調べ方をしたのか驚くばかりです。」、「非常に役所の在り方に対し、ショックと不信感を覚えました。」、「どこの病院でどの様な方から精神鑑定を受けた事になっているか、はっきりさせて頂きたく存じます。その医師とやらに面会させて頂きたく存じます。」、「役所のこのような不手際について、名誉棄損で告訴する事にさせて頂きます。」、「役所の為に私の生活は非常にメチャメチャになっております。」などと記載されていた。

さらに、原告は、同年二月一〇日付けで、前記会長に対し、補足意見書(乙七号証)を提出した。

右補足意見書にも、「精神鑑定は受けておりません。」、「診断を受けた事がないのにもかかわらず、いつのまにか鑑定書なるものが作られていた。」などと記載されていた。

そして、原告は、同年二月二九日開かれた前記審査会の審議(原告の意見聴取)においても、委員に対し、右同様の趣旨を繰り返し述べた。

(五) 本件訴訟係属後、岩田医師は、平成六年一月三一日、同年二月九日及び同月一六日、原告と面接し、その結果、同年三月五日、「本件鑑定書の開示によって、原告が著しい心理的ショックを受け、病状が悪化するとは考えにくい。」、「原告は、精神科医師や精神医療に対し、既に不信感を持っており、この不信感が今後も持続することは予想されるが、本件鑑定書の開示により、新たに、診断や治療に著しい支障が生じるとは考えにくい。」、「本件鑑定書の開示によって関係者に対し、法的にも逸脱した行為に及ぶ可能性は薄い。」旨を記載した意見書(甲八号証の一)を作成した。

(六) 原告は、本人尋問において、おおむね次のような供述をする。

前記編物教室の営業に関し、隣人の商店街の人々からバイクを壊されたり、店のガラスを割られる、その他数々のひどい嫌がらせを受け、何度も警察等に訴えたりしたが、ほとんど取り上げられてもらえなかった。

措置入院させられた当日は、母が来た直後に五人位の男の人がやってきて、相談に乗るからということで車に乗せられ、連れていかれた病院ではがい締めにされ、いきなり注射を打たれた。しかし、医師の鑑定を受けたことはない。

なお、昭和六〇年ころ、母から、店をやめなさい、頭がおかしい、ということを再三いわれたことがある。

昭和六二年六月ころ、前記店舗に東京ガスの係員、警察官、両親等が来たことがあり、警察官から「自殺を図ろうとした。」といわれたが、自分は、自殺を図ったことはない。

また、退院後、父母や妹から、頭がおかしいとか被害妄想だなどといわれたことがある。しかし、自分には、未だかつて精神障害はない。

3  鑑定書及び申請書の記載事項

(一) 鑑定書

鑑定書には、被鑑定者及び保護義務者の身分事項のほか、診断名、生活歴及び発病前状況等、現病歴、問題行動、現在の状態像、身体病状、要注意必要度、日常生活の介助指導必要度、鑑定上特に必要な場合の詳細記入欄(ただし、精神病質、パラノイヤ、好訴者、保護者の強い入院反対のある場合等、特に詳細なる鑑定上の記載が必要であって、この欄が不足のときは別紙を添付する。)、特殊療法等、医学的綜合判定(措置、その他入院、入院外診療に関する)、備考及び医師からの連絡欄、行政庁における記載欄(以下、これらを「診断名、生活歴等」という。)並びに鑑定年月日、鑑定医氏名と印、医師所属施設名とその所在地及び電話番号、鑑定に立ち会った精神衛生吏員の氏名と印、立ち会った場所と日時、被鑑定者に関する陳述者の氏名、年令、続柄、住所(以下、これを「鑑定医の氏名等」という。)が記載される(乙一四号証)。

(二) 法二三条の申請書

右申請書には、精神障害者及びその疑いのある者及び現に保護の任に当たっている者の身上関係のほか、申請者の住所、氏名と印、生年月日、精神障害者等との続柄(以下「申請者の氏名等」という。)、「病状の概要」、「その他参考となる事項」(以下「病状の概要等」という。)を記載する(乙一五号証)。

二  本件条例の解釈・適用について

本件条例は、個人情報の保護が、個人の尊厳を保つ上で重要であることに鑑み、個人が、県の機関が保有する個人情報の開示を求める権利を明らかにし(一条)、原則として何人であっても、個人情報の開示を請求できる(一五条一項)旨規定したものである。これは、憲法及び国際人権規約等に基づく個人の「知る権利」の尊重の理念に則るものとはいえるが、あくまで本件条例によって、個人情報の開示請求権を創設的に認めたものと解される。

したがって、実際にどのような情報を開示の対象とし、あるいは、どのような情報を開示の対象としないかは、条例の制定権者が決定すべき事項であり、本件鑑定書及び申請書が、本件条例一五条四項各号に該当するか否かも、本件条例の趣旨・文言に即して決すべきである。

そこで、前記認定の事実関係のもとにおいて、本件鑑定書及び申請書が、本件条例一五条四項各号の開示の例外事由に該当するかを検討する。

1  一号該当性について

(一)  一号該当性が認められるためには、①開示の対象となった個人情報に請求者以外の個人に関する個人情報が含まれる場合であって、②請求者に開示をすることにより、当該個人の正当な利益を侵すことになると認められるときという二つの要件を満たすことを要する。

(1) ①の要件について

「請求者以外の個人に関する個人情報」とは、請求者の個人に関する情報であると同時に請求者以外の個人の情報でもあるものをいい、本号の趣旨が、請求者以外の特定の個人の情報が不当に開示されることを防止する点にあることからみれば、当該情報から、特定の個人が識別され、又は識別され得るものをいうと解される。

ア 本件鑑定書について

本件鑑定書の記載のうち、鑑定医の氏名等は、原告の個人情報であるとも解されるが、これらは同時に、当該鑑定医、精神衛生吏員及び被鑑定者に関する陳述者の個人情報にも該当する。

したがって、これらは、「請求者以外の個人に関する個人情報」に該当し、①の要件を満たす。

イ 本件申請書について

次に、本件申請書のうち、申請者の氏名等の記載は、原告の個人情報であると同時に申請者の個人情報にも該当し、①の要件を満たす。

また、法の趣旨に加え、証人岩崎七四六の証言によれば、申請者は、病状の概要等の記載欄に、当該精神障害者又はその疑いのある者の行状等が自傷他害のおそれがあることを具体的に記載することとされるが、右の記載は、その性質上、申請者の体験等をそのまま記載することが求められる。そうすると、右病状の概要等の記載からは、特定の個人(申請者)が識別され、又は識別され得ると解される。

したがって、病状の概要等の記載も、「請求者以外の個人に関する情報」に該当し、①の要件を満たす。

(2) ②の要件について

「請求者に開示をすることにより、当該個人の正当な利益を侵すことになると認められるとき」に該当するか否かは、当該個人情報の性質や内容、請求者と当該個人との関係等からみて、当該情報を不開示とすることが客観的にも期待され、その期待が正当であるなど、これを開示することにより、当該個人の正当な利益が侵されることになるか否かによって判断すべきである。

ア 本件鑑定書について

法によれば、都道府県知事は、法二三条の申請のあった者について調査の上必要があると認めるときは、精神衛生鑑定医をして診察をさせなければならず、都道府県知事から命令を受けた精神衛生鑑定医は、診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあるかを判定し、右の診察の結果を鑑定書に記載する。

このように、右の診察は、医師が患者の求めに応じてする診察とは異なり、被鑑定者に対し、鑑定医の氏名等を明らかにすることが予定されたものでなく、また、これを開示しなければならない法的義務もない。

そして、前記認定の事実によれば、原告は、平成三年八月二三日及び同年九月二四日の二度にわたり、神奈川県衛生部保健予防課を訪れ、同課の岩崎職員に対し、医者に会いたいなどと繰り返し訴え、また、同年一二月六日付けで、被告に対して提出した異議申立書に、「措置入院させられるための医者からの診察がなされなかったにもかかわらず、診断書が出ている。」などと記載し、平成四年一月二四日付けで、神奈川県個人情報保護審査会会長に対して提出した意見書に、「どこの病院でどの様な方から精神鑑定を受けた事になっているかはっきりさせて頂きたい。その医師とやらに面会させて頂きたい。」などと記載し、同年二月一〇日付けで、前記会長に対して提出した補足意見書に、「精神鑑定は受けておりません。」、「診断を受けた事がないのにもかかわらず、いつのまにか鑑定書なるものが作られていた。」などと記載したことが認められる。

右のような鑑定書における鑑定医の氏名等の性質及び原告の前記行動から推察される原告と本件鑑定書を作成した鑑定医との関係、ひいては、鑑定に立ち会った精神衛生吏員及び被鑑定者に関する陳述者との関係からみれば、鑑定医の氏名等を不開示とすることが客観的にも期待され、その期待は正当であると解され、これを開示することにより、鑑定医等の正当な利益が侵されることになると解される。

したがって、本件鑑定書の鑑定医の氏名等の開示は、「請求者に開示をすることにより、当該個人の正当な利益を侵すことになると認められるとき」に該当し、②の要件を満たす。

なお、前記認定の事実によれば、岩田医師が、平成六年一月から二月にかけて、計三回、原告と面接し、「本件鑑定書の開示によって関係者に対し、法的に逸脱した行為に及ぶ可能性は薄い。」旨を記載した意見書を作成したことが認められる。

しかし、仮に右の時点において、原告が関係者に対し、法的に逸脱した行為に及ぶ可能性は低いとしても、本件処分の適法性は、本件処分の時点を基準として判断すべきであり、前記認定のような本件処分の直前及び直後における事実関係からみれば、本件処分の時点においては、原告が関係者に対し、法的に逸脱した行為に及ぶ可能性は、必ずしも低いとはいえないと解する。

イ 本件申請書について

前記のとおり、法二三条によれば、精神障害者及びその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について精神衛生鑑定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができ、右申請をするには、申請書を都道府県知事に提出することを要するとされ、これに虚偽の事実を記載した者は処罰される(同条三項)。

このように、法は、申請書に虚偽の事実を記載した申請者を処罰の対象とすることにより、その記載の真実性を担保し、反面、「誰でも」右申請ができるとして、何人であっても、心理的に抑止されることなく、自由に申請ができるようにしたと解される。この趣旨からみると、申請者が心理的に抑止されることなく、自由に申請ができるよう申請者の氏名等の匿名の利益を保障することが制度の前提となっているというべきである。このように、申請者の氏名等は、これを不開示とすることが客観的に期待されており、また、前記認定事実から推認される原告と申請者との関係等からみれば、これを不開示とすることにより保護される利益は、客観的にも正当であると認められる。

したがって、申請書の氏名等を開示することによって、当該個人の客観的な利益が侵されると認められるから、本件申請書の開示は、「請求者に開示をすることにより、当該個人の正当な利益を侵すことになると認められるとき」に該当し、②の要件を満たす。

(二) 以上によれば、本件鑑定書の記載のうち、鑑定医の氏名等及び本件申請書の開示は、本号に該当する。

2  三号該当性について

(一)  三号該当性が認められるためには、①開示の対象となった個人情報が個人の指導、診断、評価、選考等に関する情報であって、②請求者に開示をすることにより、当該指導、診断、評価、選考等に著しい支障が生じるおそれがあるときという二つの要件を満たすことを要する。

そこで、本件鑑定書の記載のうち、「診断名、生活歴等」の開示が、これに該当するかを検討する。

(1) ①の要件について

同号の「診断」とは、診察、検査、治療、投薬等の一連の医療行為を含むと解されるが、本件鑑定書の記載のうち、「診断名、生活歴等」の記載は、鑑定医が、原告を診察した結果を記載したものであるから、原告の診断に関する情報といえる。

したがって、「診断名、生活歴等」の記載は、①の「個人の指導、診断、評価、選考等に関する情報」に該当する。

(2) ②の要件について

まず、同号の「当該診断」には、請求者が現に行っている診断だけでなく、今後継続的に通院治療がされる必要性がある場合も含まれると解され、また、同号の「著しい支障が生じるおそれ」には、今後、継続される診断等が困難になる場合も含まれると解される。

そして、前記認定の事実によれば、原告は、栗田病院退院後、約四か月間、同病院に通院したが、担当の岩脇医師から通院が不要である旨の指導もないのに、原告自身の判断で通院をやめ、また、その後二度にわたり、岩崎職員に対し、診察も受けずに措置入院させられたなどと訴え、さらに、異議申立書等に、「措置入院させられるための医者からの診察がなされなかったにもかかわらず診断書が出ている。」、「私は精神鑑定というものを一度も受けた事がないにもかかわらず、診断書が出来上がっている。」、「精神鑑定は受けておりません。」、「診断を受けた事がないのにもかかわらず、いつのまにか鑑定書なるものが作られていた。」などと記載したというのである。

そうすると、原告は、本件処分時において、現に診察を受けてはいないが、継続的に通院治療する必要があったと認められ、また、前記のような原告の行動や意見書等の記載からみれば、本件鑑定書の「診断名、生活歴等」を開示すれば、当該診断に著しい支障が生じるおそれがあったものと認められる。

なお、前記のとおり、岩田医師の意見書が存在するが、判断の対象となった時期が異なる上、前記のように原告が栗田病院への通院を一方的にやめたことや本件処分の直前及び直後における事実関係等からすると、本件処分の時点において、右意見書の内容どおりの判断がされたかは疑問がある。

(二) したがって、本件鑑定書の記載のうち、「診断名、生活歴等」の開示は、同号に該当する。

3  なお、被告が、別件訴訟において、措置入院に関する診断書等を証拠として提出したことは、当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨によれば、本件とは争点が異なる上、前提となる事実関係も、個々の事件により異なると解されるから、別件訴訟で同種の書面を提出した事実があるからといって、被告が、本件鑑定書及び申請書を開示しなければならない理由とはなり得ない。したがって、この点に関する原告の右主張は失当である。

三 以上の次第で、本件鑑定書の記載のうち、「鑑定医の氏名等」の開示は本件条例一五条四項一号に、また「診断名、生活歴等」の開示は同項三号にそれぞれ該当し、また、本件申請書の開示は同項一号に該当するから、原告が主張するような一部開示の余地もなく(なお、原告及び保護者の身上関係のみの開示は無意味である。)、これらを非開示とした本件処分は、その余の判断をするまでもなく、適法にされたものと認められる。

四  したがって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官秋武憲一 裁判官小河原寧)

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